相続税対策と聞くと、現金を不動産へ換える方法を思い浮かべる人は多いと思います。
現金のまま持つよりも、不動産として保有した方が相続税評価額を抑えられる場合がある。
そのため、収益性だけでは説明できない価格で、賃貸マンションやアパートが選ばれてきた面もありました。
ところが、この構図を変えるかもしれない議論が出てきています。
先日、楽待新聞の「不動産の『新ライバル』になりえるか? 個人向け国債の『税制優遇』構想が浮上したワケ」という記事を読みました。
記事では、個人向け国債をNISAの対象に加える案や、相続税を軽減・非課税とする案が政治の場で議論されていることが紹介されています。
私がこの記事を読んで気になったのは、国債が不動産より有利になるかどうかだけではありません。
相続税を減らすことを主な目的として選ばれてきた不動産が、今後も同じ理由だけで売れ続けるのか、という点です。

なぜ、個人向け国債に税制優遇の話が出ているのか
今回の構想は、単なる資産形成支援として見るだけでは分かりにくいと思います。
記事では、その背景として、日銀が国債の買い入れを減らすなかで、国が新しい安定的な買い手を必要としていることが挙げられていました。
日本の家計には多額の金融資産がありますが、その多くは預貯金として保有されています。
国から見れば、その資金の一部を個人向け国債へ動かすことができれば、国債の買い手を広げられます。
特に、相続を意識する高齢者にとって魅力のある制度を設ければ、預貯金から国債への資金移動が進むかもしれません。
つまり、表向きは個人の資産形成や相続対策であっても、政策側には国債を安定して引き受けてもらいたい事情がある、ということです。
私はこの構想を、単なる「お得な金融商品の追加」ではなく、家計に眠る資金をどこへ向かわせるかという政策だと受け取りました。
不動産が相続対策に使われてきた理由
不動産が相続対策として選ばれてきた大きな理由は、家賃収入だけではありません。
相続税を計算するときの評価額にあります。
現金1億円は、原則として1億円として評価されます。
一方、不動産は、土地であれば路線価、建物であれば固定資産税評価額などをもとに評価されます。
さらに、賃貸中の土地や建物には一定の評価減があり、要件を満たせば小規模宅地等の特例が使える場合もあります。
その結果、同じ1億円を使ったとしても、現金で持つ場合と賃貸不動産で持つ場合では、相続税評価額に差が生まれることがあります。
この差が、不動産を使った相続対策の大きな魅力でした。
もちろん、不動産を持てば家賃が入り、値上がりする可能性もあります。
しかし、相続対策として販売される物件のなかには、収益性よりも「どれだけ評価額を圧縮できるか」が前面に出ていたものもあります。
私は、今回の国債の税制優遇構想が本当に影響を与えるとすれば、まずはこのような不動産だと思います。
国債は不動産の代わりになるのか
個人向け国債が、不動産の完全な代わりになるとは思いません。
そもそも、両者は持つ目的も、得られるものも違います。
不動産には家賃収入があり、借入れを使って自己資金以上の資産を取得できる場合があります。
賃料や物件価格が上がれば、インフレのなかでも資産価値や収入を維持できる可能性があります。
その一方で、空室、修繕、金利上昇、災害、管理、売却といった問題があります。
個人向け国債には、不動産のような空室や修繕、建物管理の負担はありません。
もし相続税の優遇まで加われば、「相続税対策のために、管理の難しい不動産を持つ必要はない」と考える人が出てくるのは自然です。
特に、資産を引き継ぐ家族が不動産経営を望んでいない場合には、管理の手間が少なく、仕組みを理解しやすい国債は有力な比較対象になると思います。

ただし、ここで注意したいのは、NISAと相続税優遇を一緒に考えないことです。
NISAの対象になれば、主に運用益への税負担が変わります。
相続税の軽減や非課税は、亡くなったときの財産評価や税負担に関わる別の話です。
どちらが、どの範囲で実現するかによって、不動産への影響は大きく変わります。
現時点では、国債が不動産の強力なライバルになると決めつけるのは早いと思います。
影響を受けるのは「節税効果が主役の不動産」
私が最も影響を受けると考えるのは、家賃収入や将来の売却価値より、相続税評価額の圧縮を主な売りにしている不動産です。
たとえば、需要の弱い地域に建てる相続対策アパートや、利回りより節税効果を強調した高額マンションなどです。
こうした物件は、相続税を減らせることが購入理由の中心になりやすい反面、相続後の家族に管理と借入れを残すことがあります。
空室が増えても返済は続きます。
建物が古くなれば修繕費もかかります。
売りたいときに、購入時と同じ評価で売れるとは限りません。
そこへ、相続税の負担を抑えられる個人向け国債という選択肢が加われば、比較されるのは当然です。
「節税できる」という説明だけでは、購入者にも、その家族にも選ばれにくくなると思います。
一方で、立地に需要があり、家賃から必要な費用と返済を差し引いても利益が残り、将来の売却先まで考えられる不動産は、国債とは別の価値を持ちます。
国債が競合になることで、不動産本来の収益力が、これまで以上に問われるようになるのではないでしょうか。
不動産事業者も「節税の先」を説明する必要がある
今回の議論は、不動産を買う人だけでなく、つくる側や販売する側にも関係します。
土地を仕入れ、法令や周辺環境を調べ、建築費と融資条件を確認し、賃料と売却価格を予測する。
本来、不動産事業では、こうした数字を積み上げて事業として成立するかを判断します。
相続税評価額を下げられるとしても、入居需要が弱く、修繕や返済を含めると利益が残らないのであれば、資産として良い不動産とは言えません。
これからは、節税額だけではなく、少なくとも次の点を説明できることが重要になると思います。
– なぜ、この場所に賃貸需要があるのか
– 建築費と借入金利が上がっても収支が成り立つのか
– 修繕費や空室をどこまで見込んでいるのか
– 相続する家族が管理を続けられるのか
– 将来、誰に、どのような価格で売却できるのか

相続税対策は、税金を減らせば終わりではありません。
財産を受け取る家族が、相続後も無理なく持ち続けられる形にする必要があります。
国債という比較対象が増えることで、不動産事業者にも、節税の先にある収益と承継を説明する力が求められると思います。
現時点の結論
私なりの現時点の結論は、個人向け国債が不動産そのもののライバルになるというより、「節税だけを目的にした不動産」のライバルになる可能性がある、ということです。
国債に相続税優遇が設けられれば、管理の手間を負わずに相続対策をしたい人にとって、新しい選択肢になります。
その結果、収益性の低い物件を、評価額が下がるという理由だけで購入する動きは弱まるかもしれません。
しかし、需要のある場所で安定した家賃を生み、借入れを活用しながら長期的に資産を育てられる不動産の価値までなくなるわけではありません。
むしろ、国債と比較されるからこそ、不動産は本当に収益を生むのか、家族が引き継げるのか、最後に売れるのかが、より厳しく見られるようになると思います。
相続税評価額を下げられるか。
それだけではなく、相続した後も価値を生み続ける資産なのか。
今回の税制優遇構想は、不動産を「節税商品」ではなく「事業として成り立つ資産」として見直すきっかけになるのではないでしょうか。
まだ制度の詳細は決まっていません。
だからこそ、国債と不動産のどちらが得かを急いで決めるのではなく、年末の税制改正論議を見ながら、相続の目的と資産を持つ人の負担を分けて考える必要があると思います。



